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高橋博の「自然がなんでも教えてくれる」| 第2話 自分の感動が覚悟になる



『マーマーマガジン』20号の農特集でお届けした、自然栽培を続ける、高橋博さんのお話。21号からはじまった連載を、マーマーな農家サイトに場所を移して続けていきます。高橋さんの語り口調そのままにお届けします。

構成=服部みれい/再構成=松浦綾子





第2話 自分の感動が覚悟になる

ある日突然、自然農法の先生が家を訪ねてきた。黒板を使った授業を何時間かしていったんだけど、これはやってみる価値があると思った。言葉としては、逆らう言葉を吐いていたけれどね。先生としても、「これだけ逆らってくるやつは絶対モノになるぞ!」って、内心思っていたみたい。 わたしはそれまで散々、大人のいやな世界を見てきた。「そこから抜け出るには、3年間はいうこと聞いていろ」って先生にいわれたよ。先生には「俺が『右向け』っていったら右向くんだぞ。『左向け』っていったら、左向くんだぞ」ってね。わたしも当時は若いから、「あぁ、やってやろうじゃないの」って。それで救われるのならやってやるって、いわれたようにはじめてみたわけ。

そうしたら、どうしようもないくらいの量の課題を持ってくるわけだ(笑)。昼間は我が家での農業をやらなくちゃいけないから、夕方からしか勉強の時間はないんだけど、先生は「高橋、若いときは3時間寝れば、からだはもつんだ」「日の出前に起きるんだ。それが自然順応だ。自然界の動物、植物は日の出前に目が覚めるから」なんていうんだよ。 だから日の出前に起きるようにして、将来の話なんかを語り合うわけだ。でもね、寝るのも深夜2時、3時になっちゃうんだ。そうしてほんとに3時間睡眠みたいになって、そんな日が毎日続いていたんだよ。先生はこれが仕事だからいいけれど、わたしはそのあと重労働だよ。3日続いたら、若くても完全にからだはまいってしまったよ。

それでわたし、電話をかけて、「おい、ふざけんなこの野郎。からだいくつあっても足りねぇよ」って(笑)。でもそこで説得されるんだ。「お前、あそこに帰りてぇのか? あそこから抜け出てぇんだろ」って。だからそこでまた、やるしかない、って思うんだよ。この自然農法を身につけないと人類を救えないし、農業者を救えない。いまの農業者の苦しみを救うにはこれしかないんだと。事実を出すことが唯一の救いなんだから、やるしかないんだと思ってね。

河名秀郎さん(ナチュラルハーモニー創業者)は1年でこの先生の自然栽培を理解し実践できるようになったけど、俺は3年かかった。でも3年目の終盤にはやっと、五分と五分で話せるようになったんだ。先生は8つ年上だったからさ。で、いま実現しようとしている構想(自然農法の普及)が、当時のそういった話し合いのなかでうまれたわけだ。 あれから35年間のうちにいろいろなことがあったけれど、でもそれがあったから、ここまでやり続けることができたの。現実をみたら、きっとほかの人らと同じだよ。やれるかな、って心配ばかりで。 だって、家庭までダメになりかけたからね。妻は離婚協議書を持ってきて「別れてくれ」って言うし。「このままでは子どもを育てられない」ってね。家計を妻に任せたら、どんどん通帳が喰われていくのがわかるわけだ。収入があがってこないんだよ。まぁ、嫁にくるときに持参金をいくらかもってきていたみたいなんだけど、それで食いつないでいたらしいんだよね。

あるものに惚れたらね、5年、10年って自分で積み上げる。積んでいくと喜びが見えるんだ。ここから眺めるとね。山にたとえて話すんだけど、富士山を登るとして、5合目からより8合目からのほうが下界はきれいに見えるだろう? そうすると、もっといいものを見るために、もっと登ってみたくなる。そういう期待をもつようになる。 ひとが積んでくれたものの上に登っても、感動はないんだよね。これは種の世界で味わった。うちの組合のモットーでもあり、自然農法成功の秘訣ともいえる。土と種と人それぞれの育て方っていう要素があるわな。この人づくりのところで、種も自分で取り組めっていうのは、全国の農家にもいっているのね。もらった種というのは人の部分で絶対に育たないから。温情でひとに種をあげると、それでひとをダメにしてしまう。

あとで種の話もするけれど、いまつくっている人参の種の積み上げのときにその訓練をさせられたの。ドラマがあるんだ、そこに。種づくりのなかにドラマが生まれるから、そのドラマを味わうと、本命の自然農法を捨てないの。人間って、ひとから味わわせてもらった感動は、簡単に捨てることができる。「感動しました」っていっても、それがひとから味わわせてもらっているものだったら、しょせん家に帰ったら忘れてしまっているわけ。 自分の感動なら忘れないから、それをやらないと。わたしの場合は、あれだけ拗ねてた男が先生のもとで自然栽培にめぐりあって、自分で感動して素直になれた。この農業が、自分をまっとうにしてくれたんだ。純粋でいけばいいんだ、一生いけるんだ、ってね。肩に力いれないでいけるんだ、っていう生き方を教えてもらった。いまはもう、あまり力をいれないで穏やかに生きていけるんだよね。




高橋博の「自然がなんでも教えてくれる」

  • 第1話 純粋なものでやっていく

  • ・第2話 自分の感動が覚悟になる

  • 第3話 理想を理想じゃなくしよう

  • 第4話 はじめは「一」でいい

  • 第5話 入った毒は、自然がすぐに処理をしてくれる

  • 第6話 肩こりみたいな症状が土の中で起きている

  • 第7話 頭のなかの肥毒

  • 第8話 先を見て農業をやっていく

  • 第9話 自然流だと、最後はちゃんと実りがある

  • 第10話 大きな目標より目先のことから積み上げていくとうまくいく

  • 第11話 破壊のあとには必ず建設が待っている

  • 第12話 突いてばかりいるだけじゃなく、引いてみる

  • 第13話 一番いい種を残していく

  • 第14話(最終話) 自然に逆らわず、個性を認めあう




高橋博(たかはし・ひろし) 1950年千葉県生まれ。自然栽培全国普及会会長。自然農法成田生産組合技術開発部部長。1978年より、自然栽培をスタート。現在、千葉県富里市で9000坪の畑にて自然栽培で作物を育てている。自然栽培についての勉強会を開催するほか、国内外で、自然栽培の普及を精力的に努めている。高橋さんの野菜は、「ナチュラル・ハーモニーの宅配」にて買うことができる。 http://www.naturalharmony.co.jp/takuhai/





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